地球へ…:ジョミーとサム
サム・ヒューストンは教育ステーションE-1077時代にはキース・アニアンの親友で、アタラクシアではジョミー・マーキス・シンと友達(喧嘩相手?)だったと言う設定でした。
サムは大変人の良い、優しい人でしたが、それだけに完璧にコンピューターに洗脳されていました。システムの正当性を信じて疑わず、キースがシステムに批判的な言動を取ることを、いつも気にかけている人でした。
良い人と言うのは往々にしてサムのように操作しやすい人たちであり、客観的、批判的な判断が苦手で、一般的に流布していることを正しいと信じて疑わない人たちだと、私は思っています。
サムのような悪意のない人たちが、実は世の中を操作しようとする悪意ある人たちにとっては都合が良いのですよね。
ジョミーとサムとがナスカで再会した時に、ジョミーは昔のように友達同士として接することができると考えていたのに、サムはジョミーのことを「成長しない化け物」と呼び、恐れ、ナイフで刺そうとします。あるいは本気でジョミーを殺そうとしていたかもしれません、
ミュウは危険で現人類の存在を脅かす人種で、存在自体認められないと教育され洗脳されたサムは、例えジョミーが懐かしい昔の友人であっても、ミュウと言うだけで受け入れられなかったのでしょう。
ジョミーにとっては自分がミュウであると知ってから初めて接した、まだ普通の人間であった頃の友人が、自分を拒絶した事実は、相当衝撃的なものだったに違いありません。
竹宮恵子さんはサムを通して、善良な人たちの無知蒙昧が、実はいかに恐ろしいかを訴えたかったのだと思います。
テレビアニメでは、サムがジョミーと再会する直前にマザーコンピューターに催眠をかけられたと言う設定でしたが、そんな込み入ったことをしなくとも、SD体制下で善良な市民として生きること自体が、洗脳され、操作されることなのですから…
サムは善良な人だからジョミーとの再会を喜ぶはずと言う発想に基づいたテレビアニメの安易な展開は、私にとってはちょっと受け入れがたいものでしたね(T_T)
ラベル: サム・ヒューストン, ジョミー・マーキス・シン


1 件のコメント:
シロエを見ながらジョミーを思い出した時のサムも、サムと再会した時のジョミーも嬉しそうで懐かしいそうな顔をしていました。二人がけっこう仲が良かったことがわかります。ところがサムが目を覚ましとたんに悲しい再会となってしまいましたね。
変わり果てた友人の姿をみて怒りを爆発させてしまいましたが、これは洗脳したマザーへ向けられたのだと思います。ジョミーが昔のサム(かわいかったんですね)を思いだした後ガクっとする、この2コマには悲しさが突き刺さってきます。
この時サムは記憶を消されてしまい、それがキースのミュウ弾圧にやる気をおこさせてしまうんですね。
私の想像ですが、完全に洗脳されてて優しくて面倒見がいいサムをマザーはキースの親友になるためにエリートコースに入れたてのではないのかと思います。ステーション時代のキースとサムって殿下と学友って感じでに見えると思いませんか。それにサムってエリートにみえないじゃないですか。ジョミーと幼馴染ということも役に立ちそうだと思っていたかも。
TVアニメではアタラクシア時代にサムが「俺達ずっと友達だよな」ってジョミーに言っていましたが、こんなこと冗談で言うことがあっても本気で言う人いませんよね。再会した時もジョミーが「僕と友達だったためになんとかかんとか」って言っていました。理屈っぽいなって思って見ていました。
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