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なかのひと

1/24/2008

地球へ…:地球防衛軍

地球へ…では地球政府に軍隊があり、地球を防衛しています。
ミュウと人類との全面戦争が始まる前は、何から地球を防衛していたのでしょうか。

ナスカ攻撃の時には、軍人たちが出撃の準備をしながら、海賊退治と演習しかしたことがないと言っていましたね。

地球以外の星で生まれた知的生命体が攻め込んで来ることに備えていたのかと、初めて読んだ時には思ったものでした。

でもそこは周到なグランドマザー、やはりいずれミュウがシステムを、ひいては自分を破壊しにやって来ると予測し、人間を使って自分自身を守るために、強力な軍隊を編成したのでしょう。

コンピューターが人間を駒にして、ミュウを相手にチェスをしていたようなものですね。
ミュウの圧倒的優勢の前に疲弊しながらも、何の疑問もなく戦いに赴き、花と散った人間たち…

戦争を起こして得をする人たちは安全な所にいて、実際に戦闘を行うのは名もない人たちなのだと言うことを戯画化しているのだと思いました。

それにしても冥王星に地球防衛最終ラインの基地があるというのも、時代を感じさせます。今では冥王星は惑星とみなされていませんものね…

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1/11/2008

地球へ…:ミュウ因子(続)

前回ミュウ因子はコモン(一般人)で10人に一人、軍部で20人に一人と書きましたが、その後原作を読み返してみて、誤りに気付きました。

キースはグランドマザーに、一般人よりも軍人の方が高率と報告していますが、具体的にどの位の割合かは口にしていませんでしたね。

20人に一人は、コモンのESP反応陽性率でした。

10人に一人がミュウ因子を持っていて、その内二人に一人はESP反応陽性となると言うことですね…

そう考えると、ミュウ因子は普通の遺伝子じゃないのかも(^_^;)
そういう遺伝形式、どなたか分かる方があれば、ぜひ教えて下さい。

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1/10/2008

地球へ…:ミュウ因子

ミュウ因子は遺伝子に違いないと、大人になってからは考えていました。

子供の頃はどう考えていたかと言うと…全く思い出せません(^_^;)おそらく理解できない概念は私の脳を素通りして行ったのでしょう。

ミュウが地球へ向かって進攻し、地球側では全人類に対してESPチェックを行うことになりました。

キースがその際グランドマザーに報告した内容によると、コモンは20人に一人、軍部は10人に一人がミュウ因子を持っており、エリートでは更に高頻度と予想されると言うことでした。

これはかなり多いですね(@_@)

ミュウ因子が一つの遺伝子と仮定すると、ミュウの生まれる頻度から考えて劣性遺伝子でしょう。

20人に一人の旧人類がミュウ遺伝子を持っているなら、ランダムに組み合わせれば、メンデルの法則に従うと、ミュウの生まれる確率は1600分の1です!

軍部の人間の配偶子を使うと、これが一気に400分の1に上がってしまいます…

これではあっと言う間に旧人類はいなくなりそうです(^_^;)

多分グランドマザーはミュウ遺伝子を特定し、排除は禁じられているため、配偶子の組み合わせを操作することによってミュウの出現頻度を少なく押さえていたに違いありません。

ミュウのようなマザー以上を求める者が増えてしまうと、自分の危機を招く結果になりますからね…

最終的にはマザー以上を求める者の代表、ジョミーによって破壊されてしまう訳ですが。

グランドマザーはやはり、自分に対抗する者をありとあらゆる手段を尽くして根絶しようとする独裁者の姿そのままです。

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1/04/2008

地球へ…:ジョミーはなぜグランパ?

地球のコンピューターシステムの中枢、グランドマザーは、本来の意味は「おばあさん」ですが、作中では「大いなる母」、「威厳のある母」、「マザーコンピューターシステムの中心的存在」という意味で名付けられたのでしょう。

ジョミーがトォニィに「グランパ」と呼ばれていたのは、このグランドマザーと対等にわたり合える存在であることを示唆しているのだと思います。

旧人類のシステムの要、グランドマザーと対を成す、ミュウの要、人間らしさの象徴がジョミーであるということですね。

トォニィは子供の頃、自分の両親の生みの親がジョミーだと教えられ、ジョミーを「グランパ」と呼んだ訳ですが、そこには竹宮恵子さんのこのような意図が込められていたのでしょう。

地球へ…の第一部では、テラズナンバー5の作り出す強力なテレパシーに対抗できるほどのエネルギーを持ったテレパシーを送る能力を持つのは、ソルジャー・ブルー以外にないとされていました。

その上位に位置するグランドマザーは、更に強力な力を持っていたに違いありません。ソルジャー・ブルーは、自分にはグランドマザーに匹敵するほどの力はないと判断し、長い長い間、自分を凌ぐ力を持つ後継者を探し続け、待ち続けたのでしょう。

対話するにせよ対決するにせよ、グランドマザーとの力の差が大きすぎると、歯牙にもかけられないでしょうからね。

そして現れたジョミーに、ミュウと人類との未来は託されました。

竹宮恵子さんは、グランドマザーの対極に位置し、人間の尊厳をかけてグランドマザーと対決するジョミーに「グランパ」という呼び名を与えたのだと考えています。

それにしても私立シャングリラ学園のトォニィは可笑しかった(^_^)

グランパは英語で「偉い人」っていう意味だと勘違いしていてキースに指摘され逆切れ(^_^;)
本編同様の圧倒的破壊力で暴走しまくっていました。

TVアニメの地球へ…は、どうしてこんなにもパロディの方が面白いのでしょうか…

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1/03/2008

地球へ…:ミュウの超能力

地球へ…がTVアニメになってから、ミュウが超能力者であることをうらやましいと考える人が多いと知って驚きました。

人より優れた点があるということは、かえって不幸なことなのですよ…

例えば旧人類はミュウを、自分たちより進化した、より優れた存在と判断したため、恐れ弾圧したのであって、旧人類にはないその能力こそがミュウたちの不幸そのものなのですから…

それを単純に超能力があってうらやましいと思うのは、想像力に欠けるのではないでしょうか?人にない能力を持っていると言うことは、それだけで一つ十字架を背負っているようなものなのに…

地球へ…に限らず、人間の作り出す物語の登場人物は、ほとんどの場合作者の分身だと思うのですが、竹宮恵子さんの分身であるソルジャー・ブルー、ジョミー、シロエ、キース、その他の登場人物たちは、みんな他の人の持たない能力を持ち、他の人の気付かないことに気付いてしまい、他の人の思いもよらないような深い苦悩を抱えて生きています。

その姿はそのまま、人より優れているが故にかえって人より生きることが困難だった竹宮恵子さんの姿を反映しているのだと思います。

キース・アニアンはナスカを殲滅する時に「人間には人間以上は要らない」と言っています。キース自身が実は人間以上だったのですが、キースはSD体制を守るためにシステム自身によって作り出された存在だったので特殊な例外として、「世界の秩序」を守るためには、優れたものは往々にして邪魔者になるのですよね。

ジョミーが言ったように「マザーにあやされ育てられた意思のない、目も耳も口もふさがれながらそれを知らない」人間ばかりなら、支配しやすいのですから…

人より優れた能力を持っている存在がうらやましいと思っても、それと表裏一体の苦悩を想像すると、自分はそうでなくて良かったと思えるはずです。

あっという間に2008年となりました。今年もどうぞよろしくお願い致します\(^o^)/
このブログをたくさんの方が読みに来て下さり、嬉しい限りです!
面白ければ是非、ブログランキングのクリックをお願いしますm(_ _)m

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12/31/2007

地球へ…とスターウォーズ

スターウォーズの話題を出したので、ついでにもう一つ…
地球へ…とスターウォーズとは、どこかしら似ているのですよね。

ごく普通の少年が、超人的な英雄に導かれ、波乱万丈の冒険に旅立ち、苦難の末に大きな成長を遂げること、主人公が超能力を持つこと、また主人公が「本当の家族」を知らず、そしてそれを無意識の内に追い求めることなど…

ただ両者の決定的な違いは、登場人物たちが求めて止まないのは同じ家族でありつつも、地球へ…では「母なるもの」であり、スターウォーズでは「父なるもの」であることです。

これは、物語を作ったのが女性であるか男性であるかに負う所が大きいのではと思います。

竹宮恵子さんは「男の子ならしても良いことが、自分には許されなかった。例えそれが素敵なことではないにしても、自分も男の子と同じようにやってみたかった」と書いておられます。

恐らく当時の田舎のちゃんとしたお家の女の子として、女の子らしく、決まった道を進むようにと、きっと色々な制限や束縛があったことでしょう。

そしてそれを娘のために良かれと思って強いるのは、主に母親だと思います。
父親というのは娘に甘く、衝突しても結局は折れてしまう存在ですが、女の子にとって最も手強く、最も説得が困難な同性は、母親でしょうから。

ジョージ・ルーカス監督も「父は田舎町で小さな商店を営んでおり、厳格で怖く、自分にその商店を継ぐことを期待した」と語っていました。

同じように、息子のために良かれと思って、田舎町の商店を経営する人生を強いる父親は、男の子にとって最も手強く恐ろしく、高圧的な存在だったのではないでしょうか。

男の子の場合には、母親が父親の厳しさから息子をかばい、父親の行き過ぎを止めてくれる存在ですから、父親との関係の方がより困難なものだと推測します。

竹宮恵子さんもルーカス監督も、特別な才能を持っていたが故に、子供の平凡な幸せを願うあまりに冒険を絶対に許さない同性の親と、うまく関係を作れなかったのではないかという気がします。

地球へ…では、「父親」の存在が見事なまでに無視されています。

ジョミーが想うのはマムのことばかりですし、カリナの夫なんて一度病院の場面に登場しただけで名前もないような存在、コンピューターシステムの名前はマザーシステム…

スターウォーズではこれが正反対で、ルークとレイアの父がダースベイダーであったこと、ダークサイドに堕ちる以前はジェダイの騎士だったことなどが設定されているのに対し、二人の母は設定どころか名前さえ無く、ほとんど存在を無視されています。

旧三部作であまりにもルークとレイアの母の存在感がなかったため、エピソード1を見た時に、パドメが将来アナキンと恋に落ちて二人の母になるのだと、気付かなかった位でした。

この好対照、とても面白いと思います。

竹宮恵子さんもルーカス監督も、恐らく異性の親とはそれ程問題なく良好な関係を保っていたので、特に物語にしたいという強い欲求がなかったのでしょう。

それに対して、二人とも若い頃に同性の親と衝突し、家を出てまで自分の力を試し、夢を実現するために努力し、でもいつかは母に、あるいは父に、理解してもらい受け入れてもらいたいと願っていたのではないでしょうか。

その衝動が、各々母なるもの、父なるものを求める物語を作らせ、多くの人の共感と感動を得たのではと考えています。 

このブログを始めて1か月と少し、本当にたくさんの方が私の拙い文章を読みに来て下さいました。
頻繁に来て下さる方も多いようで、本当に感謝です。ありがとうございます(*^_^*)

もし面白ければ、是非人気ブログランキングへの投票をお願いしますm(_ _)m
それでは皆さま良いお年を(^_^)/
来年もどうぞよろしくお願い致します。

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12/29/2007

地球へ…:アタラクシアは銀河系の外だった

地球へ…のマンガ少年別冊版を手に入れてしまいました(*^_^*)
こんな古い本が今頃手に入るとは思っていなかったので、感無量です!

地球へ…を初めて読んだのは、このマンガ少年別冊版だったので、読者からの質問に竹宮惠子さんが答えるコーナーや、SFミニミニ辞典(時代を感じますね…)、ミュウの宇宙船解剖図など、そう言えば読んだなあと、懐かしく読み返しています。

地球へ…Q&Aの中で、アタラクシアは地球から二千光年の距離というが、その距離では銀河系の中にあることになるため、銀河系全体を外から見ることは不可能では?という質問がありました。

竹宮恵子さんはそれに対して「確かにその通りです。二万光年と訂正します」と答えておられ、実際にテラズナンバー5の台詞も「地球からは二万光年離れた星」と訂正されています。

ところが後に、フィシスが持っていた銀河系のイメージは、グランドマザーが創った人造人間の共通の暗号という設定がなされ、「銀河系外に育英都市はひとつもない」とジョミーは言っています。

最初勘違いで設定してしまったことを、ストーリーの一部を作るために使ってしまうなんて、竹宮恵子さんは何と柔軟性のある人なのでしょう!思わず笑ってしまいました。

第二部総集編でSF作家の光瀬龍さんと対談した竹宮恵子さんは、少年を描くのは「変身願望」ではなく「変革願望」、「男の子になりたい」のではなく、「男の子のように私もやりたい」、「竹宮さんって男の子になりたかったのでしょう?私もそうなの、だからあなたの作品が好きと言われると、何だかちがうんだなー」とおっしゃっています。

またQ&Aの中で「今自分達の持っている価値観が単なる妄想に過ぎないことを、一体何人の人が感じているでしょうか」とも語っています。

全ての漢字にふりがなが振ってあるような子供向けの漫画に、竹宮恵子さんは全く手を抜かず深いメッセージを込めたものだと、改めて感動しました。

竹宮恵子さんは、既存のステレオタイプなものの見方や価値観に疑問を持ち、常にいかに生きるべきか模索し、挑戦している人なのでしょう。

光瀬龍さんや、あの映画版を作っちゃった恩地日出夫さんの言葉を読んでみると、あまりにもステレオタイプで単純な価値観しか持っていないなあと思ってしまいます。

年齢が半分くらいの竹宮惠子さんの方がずっと視野が広く、思考が柔軟で(これは若いからこそなのかもしれませんが)、考え方が成熟しています。

既存の価値観に囚われない柔軟な思考回路を持つことが、人間として大切なことだと竹宮恵子さんは考えていたのだと思うのですが、それが伝わらない人がたくさんいるというのは、残念なことですね…

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12/23/2007

地球へ…:りこうなヤドリギ

地球へ…のテーマの一つに環境破壊があると解釈する人もいるようですが、それは間違いです。

竹宮恵子さんもスカパー!のインタビューに答えて「環境破壊をテーマにすえたつもりはなかったが、何故かそこがクローズアップされてしまって…」とおっしゃってました。

地球へ…の中での環境汚染は、ミュウの存在と同じように、設定の一つであり、舞台装置に過ぎません。

地球へ…を超能力がテーマの物語だと考える人はいないでしょう。なのになぜ、やはり設定の一つに過ぎない環境破壊をテーマだと解釈してしまうのか?

それは現代の人々が、そのように思考をコントロールされているからだと思います。

地球へ…の中の人類が、コンピューターの意のままに操られ、洗脳され、思考力を奪われていたことと、現代人が知らず知らずの内に思考をコントロールされていることとは、とても似ていると思うのです。

地球へ…を読む前から私は、「環境保護」と言う言葉が気にかかって仕方がありませんでした。

人間って地球を保護できる程の力があるの?自分たちを保護してくれている地球を破壊しておいて環境保護だなんて、不遜ではないの?大体、もっと大切な、解決しなければならない問題が世の中にはたくさんあるのでは?といつも思っていました。

セキ・レイ・シロエの「地球と人間との関係はいうなれば、りこうなヤドリギが寄生主を守るなどという大義名分を考えついた ちがいますか」と言う台詞を読んで我が意を得たりと思い、おそらく竹宮恵子さんも、環境保護などと騒ぐ人々を、一歩引いて冷静に見つめているのだと考えました。

グランドマザーは、地球における自分の支配を絶対的なものにするため、人間を洗脳し思考力を奪い、人間としていかに生きるかということよりも、地球を守ること、ひいてはグランドマザーを頂点とするSD体制を死守することを最優先事項と人間に認識させていました。

現代人が置かれている状況と、良く似ています。

地球上では今この時も、思想や宗教の違いなどから理解し合えない人々の間に争いが絶えず、人々は扇動され操作されていることにも、本当の問題はどこにあり、何が大切なのかにも気付かず、疑問を持たずに生きている…

私たち一般人の思考をコントロールしようとする者は、本当の問題が何であるか、気付かれては困るのですよ。

だから、目の前に分かりやすくとっつきやすい問題を提示して見せ、それを重要なことだと認識させることで、本当に重要な問題に目を向けさせないようにするのです。

地球へ…を読んで環境破壊がテーマの一つだと思っている方、危ないですよ…

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12/15/2007

地球へ…:異端児が世界を変える

地球へ…の主要な登場人物たちは、みな異端児です。

セキ・レイ・シロエはエリート候補生でありながら、非人間的なSD体制を断固拒否し、自分の人間としての尊厳を保つためには死をも辞さない強い意思を持っています。

ジョミー・マーキス・シンは、成人検査までの14年間を過ごしたアタラクシアで、自分の住む世界や、他の人間に対する違和感や疑問を抱きながら、体制からはみ出した、感情過多な問題児として育ちました。そして、他のミュウとは比較にならない位の強力な超能力を持っています。

ソルジャー・ブルーは、ミュウと言う新人類が人間に認識された最初の存在で、やはり非常に強い能力を持ち、明らかに他者とは異質な存在です。

キース・アニアンは、マザーコンピューターのプログラムの一環としてSD体制護持のために作られた、いわば人造人間で、人間ともミュウとも異質な存在です。なおかつ人類の指導者となる宿命を負いながらも、他の誰もが信じて疑わないSD体制に対する深い疑問を常に持ちつつ生きています。

これほどまでに異端児ぞろいの登場人物…

思うに、作者の竹宮恵子さん自身が異端児だったことが、この物語を作る原動力になったのではないでしょうか。

登場人物の一人一人が、きっと竹宮恵子さんの分身なのでしょう。

高校時代から漫画を描き雑誌に投稿し、大学を中退してまでプロを目指し、20代で地球へ…のような漫画を作ってしまう、行動力と圧倒的な能力を持っていた竹宮恵子さん…

子供の頃からSF漫画が好きだったそうで、女の子としては少し変わった子だったのでしょうし、また何事も鵜呑みにせず流されず、色々なことを批判的に考える大人びた子だったのではとも思います。

必然的に、子供の頃は他の子たちからは多少浮いた存在だったのでは…

でも結局世の中を変えて行くのは、お上から押し付けられることに疑問を持ち、自分の力で考え、行動していく人たち、つまりは異端児たちなのですよね。

シロエはその生命と引き換えに、キースに決定的なSD体制への疑問、また人間とは何かと言う疑問を植えつけました。

ブルーとジョミーはミュウのリーダーとして最終的にはSD体制を打破し、遠い未来には人間もミュウもない世界を実現しました。

そしてキースは、コンピューターの支配から人間を解放しました。

ここまで劇的でなくても、流され何となく生きているだけでは、何も変えることはできません。

地球へ…は、人として生まれたからには意味のある生き方をしたいという、竹宮恵子さんの想いが込められた物語だと思っています。

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12/12/2007

地球へ…における階級とは

地球へ…の世界は完全な管理社会であると同時に、階級社会でもあるようです。

セキ・レイ・シロエは技術者階級の第3階級出身だったので、機械やコンピューターに強かったという設定でした。

成人検査の成績が良かったので、エリートコースに入ったのだと言っていました(それもあるでしょうが、前述したようにマザーコンピューターの計画の一端でもあったのでしょう)。

では第1階級は?
恐らく司法や行政などに携わり、マザーコンピューターの勅命に従って世の中の仕組みを実際に動かす人たちを言うのではと思います。

では現代の感覚で考えると、第2階級は軍人でしょうか?

キース・アニアンはエリート育成機関の教育ステーションE-1077で作られ、エリート候補生として教育され、卒業前にメンバーズエリートに選ばれたにもかかわらず、軍人になっていますね。

エリートはマザーコンピューターの判断により、適性に従い第1階級と第2階級とに分けられているのでしょうか。

キースは後に政治家となり、最終的には国家元首にまでなっていますが、確かにキースには政治家などより軍人の方が似合います。冷静沈着にして勇猛果敢、そして冷徹無比な破壊兵器ですからね。

その辺りをTVアニメではうまく描写できず、単なる野蛮で残忍な人物になってしまっていたのが残念でしたが(T_T)

それにしても出生前から大体の能力が分かってしまうとは、究極の出生前診断ですね。
生まれる前に、既に適正や職業をコンピューターによって判断され、振り分けられるなんて、何と希望のない社会なのでしょうか…

この辺りも、与えられ決められた自分の運命に疑問も持たず、敷かれたレールの上を漫然と走る、無気力な人間ばかりとなってしまった現代社会を風刺しているように思えます。

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12/11/2007

地球へ…の世界に神はいるのか?

地球へ…の世界には、神という概念があったのでしょうか?

少なくともミュウたちは、神という概念を持っているようでした。

ジョミーがブルーの記憶をテレパシーで受け取ることを拒否し暴発した時に、ブルーが「神よ!あれほどのエネルギーとは思わなかった」と言っているので、人類やミュウなど地上に生きる者の力の及ばない存在がどこかにあると、思っていたことは確かでしょう。

では人類には神という概念があったかと言うと、微妙なところです。

キースが教育ステーション時代に書いていたレポートの科目に「宗教学総合理論」があったので、宗教という概念が残っていたことは確かです。

でも総合理論ですからねえ…宗教を過去のものとして、学者達がその教義や歴史を理論的に研究していたのかもしれません。神という存在を、昔人間が原始的だった頃に作り出した架空のものだと教えていたのではないでしょうか。

人類にとってはマザーコンピューターを頂点に頂くSD体制そのものが神であり、絶対的なものでしたから、マザーがいるからには、神は必要なかったと思いますし。

ここでもSD体制が現実の独裁政権と重なります。

独裁者は大抵自分の銅像を立てちゃったり、肖像画を各家庭に飾らせたり、自伝を国民に読ませたりして自分の神格化に励み、大抵は宗教を弾圧しますから…

自分が神となって何者にも止められない絶対的権力を振るうという欲望に取り付かれると、人間は行くところまで行ってしまうというのは、数々の実例が示しています。

自らを絶対的なものと神格化し、人間を意のままに操るグランドマザーの姿は正にその独裁者です。
しかもコンピューターシステムによる洗脳を用いて、人間たちにその事実さえ気付かせないのは、恐ろしい限りです。

ジョミーはグランドマザーと対峙した時に、「人間はマザーにあやされ育てられた意思のない子供 目も口も耳もふさがれながらそれを知らない不幸な子供だ」とキースに言っています。

「だが反逆児ミュウたちにはそれが見える」とも…

ミュウたちにSD体制の真の姿が見えるのは、自分たちが異端でありシステムから弾き出された存在であるためでもあったでしょうが、「神」という概念を持っていたからでもあるのではないでしょうか。

自分がどう行動すべきか、常に自分の心に問いながら、良心に従って最善を尽くして生きるために、自分の力の及ばない何か絶対的な存在、いわゆる神という存在が重要なのではと思います。

ジョミーは強力な超能力を持ちながら、それをどのように使うべきか、いつも慎重に考えながら生きています。

ナスカに偵察に来たサムの宇宙船を幻覚で攻撃した時に、とっさに力を出し過ぎ、そんな自分に驚き、恐れて涙を流しています。

またキースを殺さなかった理由を、「岩なら裂くこともできる…これは人間だ」と言っています。

強い力を持つ者が、自分の力に対する畏怖を失ってしまうと、他者の存在を軽視して暴走するのだと思います。

その点でジョミーは、強い力を持つ者にふさわしいと言えるでしょう。やはりその心に、自分よりも高い所から物事を見て判断する「神」のような存在を、いつも意識していたからとは言えないでしょうか。

一方マザーコンピューターは、人類やミュウの犠牲を厭わず、地球を再生させることを目的にして作り出されたもので、もちろん自分の絶大な能力や権力が世界にどのような影響を及ぼすかなんて、考えもしません。

自分が神であり、絶対であり、自分より正しい判断を下せるものはないという傲慢に陥った時点で、後は堕落し、腐敗するのが必定なのですよね…

何も独裁国家でなくとも、現代の日本を見てみると、神を気取り、権力を濫用する権力者が山ほどいるではありませんか。

地球へ…を読んでいると、つい現実世界とシンクロさせてしまうのですよね。

この物語が比喩であるということを考えると、未来の管理社会、超能力者という非現実的な設定でありながら、とても身近で現実的なストーリーに感じられるのも当然のことだと思うのです。

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12/06/2007

地球へ…:マツカとキース

マツカがミュウであったにも関わらず成人検査をパスしてしまったことも、教育ステーションを何とか卒業できたことも、辺境に配属されてキースと出会ったことも、恐らくグランドマザーのプログラム通りだったのでしょう。

ミュウのことを知り、対処法を模索し、なおかつキース自身がミュウとして覚醒するためには、マツカというミュウの存在を利用することが必要だと、グランドマザーは考えたに違いありません。

キースが教育ステーション時代にマザーイライザの計画通りにシロエと出会い、シロエを自らの手で死に至らしめたことを考えると、グランドマザーにはその位のことはたやすいことだと思います。

マツカは、キースにとってどういう存在だったのでしょう?

キースはある程度マツカに心を許し、それなりに信頼を寄せているとは思うのですが、一方で「道具のように」扱い、容赦ない言葉を浴びせたり、気に食わないことがあればいじめてみたりと、かなりマツカがかわいそうです。

キースが唯一心を許した友人のサムは、ミュウの(正確にはジョミーの)精神攻撃を受けて幼児退行してしまい、昇進すればする程周りには敵が多くなり、キースはどんどん孤独になって行きました。

キースが本音で接することのできる相手と言えば、マツカしかいなかったのでしょう。外では虚勢を張っている駄目な男が彼女に甘えるような感じなのでしょうか…

マツカはマツカで、自分の正体を知りながら生かしておくキースという人物に恩義を感じ、興味を抱きつつも、一方では恐れています。

マツカがキースの命と引き換えにその生涯を終える直前、キースの優しさを感じ取り、「彼に付いて来て良かったのだ…満足だ…」と涙する場面、その優しさはマツカに向けられたものではなかっただけに、キースのために命を賭けたマツカの心に、切ないものを感じたものでした。

マツカもまたコンピューターに運命を操作され翻弄され、死んでしまって初めてキースに心から受け入れられた、本当に気の毒な人物でした。

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12/02/2007

地球へ…:ジョミーとキース

ジョミーとキースとは、対立するミュウと人間の指導者という立場でありながら、その使命感と意思の強さ、圧倒的な能力など、共通点の多いキャラクターです。

二人の間の決定的な違いは、ジョミーはSD体制から逸脱し、対立する存在であるミュウの長となる運命だったのに対し、キースは人間の指導者となるべく特別に作り出され、体制を守るよう運命付けられた存在だったということです。

キースは教育ステーションE-1077時代にジョミーの送った思念波通信を目にして、「憧れのような気持ち」に包まれています。

マザー・イライザに「今は忘れなさい」と言われて、「忘れろだって?あのとびきり澄んだ印象的な瞳をどうやって…」とも考えています。

キースはSD体制に疑問を抱きながらも、その体制下で生きる以外に選択肢を持たない存在だからこそ、SD体制に支配されない、ミュウであるジョミーに憧れたのでしょう。

ジョミーの方はキースがナスカにやって来て初めてキースを知りますが、やはりキースを「強い存在」と意識し、「なぜぼくはあの男を生かしておく気になったのか」と疑問に思いつつも、殺すことが出来ませんでした。

ジョミーとキースとは、互いに非常に似た存在であり、また互いに尊敬すべき相手だと言うことを無意識に認め合っているのですよね。

キースがナスカから脱出したことにより、ナスカは地球軍の攻撃を受け壊滅してしまいます。初めて読んだ時には、あの時どうしてキースを逃がしてしまったのジョミー!と思っていました。

でもナスカでの出会いは、互いに優れた指導者であるジョミーとキースが、もっと後になってから本当に対等な者同士として対峙する、序章に過ぎなかったのだと思います。

ナスカで多くの仲間を失ったことにより、視力も、聴力も、言語も失ってしまったジョミーは、単なる憧れや母性愛の代償、ソルジャー・ブルーとの約束だからと言う以上に、失くした仲間たちのためにも、ミュウの未来をかけて、何としてでも地球へ向かわなければならないという思いを強くしたのでした。

ナスカ以前はどちらかと言うと、「全てのミュウの力を合わせたよりも強大な」力を持つジョミーの方が、キースより能力も余裕もあり、弾圧される側でありながらなお、立場的に優位に立っていたような気がするのですが、ナスカ以降対等な存在として、生涯の敵であり、なおかつお互いに敬意を払う存在になったのだと思います。

地球へ…は、一方が正義で他方が悪だとか、単純な世界観で描かれてはいません。現実世界のように、人にはそれぞれに生きる目的や意味、信念があって、簡単には譲れないものだからこそ、争いが起こってしまうのです。

SD体制は悪のような気もしますが、それでも最初は人間が自らの意思で、うまく活用しようと考えて導入したものですから、結局は人間の選択の誤りであり、絶対的な悪ではないのですよね。

ジョミーとキースとが対立することは、優れた者同士、敵対する組織のリーダーである以上避けられない運命であり、グランドマザーと戦うジョミーに心で加勢したキースが、結局はグランドマザーに操られてジョミーを撃ち殺してしまうのもまた、避けられない運命だったのだと思います。

何十年も(ミュウと人間と言うレベルなら何百年も)争って来て、最後にはあっさり和解してめでたしめでたしと言うような安易な結論になるはずがないですから。

地球へ…の中では、個人レベルでは尊敬し合い、分かり合えるはずなのに、国家レベル、民族レベルでは分かり合えない人間の不合理が、本当にうまく描かれていると思います。

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11/29/2007

地球へ…:キース・アニアンの悲哀

キース・アニアンとジョミー・マーキス・シンは、表裏一体の関係です。

一方は人間の、他方はミュウの指導者として、高い能力と統率力を持ち、人間あるいはミュウの未来の鍵を握る存在で、状況によってはキースとジョミーが入れ替わっていてもおかしくはなかったと思います。

ジョミーの市民番号はAD06223でしたが、キースの認識番号はME076223で下4桁が同じなのは、それを意識しての設定でしょう。

キース・アニアンは、実はミュウだったと私は解釈しています。

SD体制の下、ミュウは次々と生まれ続け、その数を増していました。

グランドマザーは、ミュウを排除し弾圧する権利を与えられながらも、ミュウ遺伝子(原作中では素因子と表現されていますが)を抹消してはならないという、矛盾するプログラムに従っていました。

SD体制開始以降の全ての配偶子の組み合わせと、ミュウの発生とを合わせて解析すれば、グランドマザーにはその原因遺伝子を特定することは容易だったでしょうし、作中でもそういう設定になっています。

人間を凌ぐ特殊能力を持つ新人種を、旧人類という種を保存するために排除していくには、同等以上の能力を持った存在を、人間側の指導者として据える必要があったのではないでしょうか。

だからグランドマザーは、人間の指導者として、敢えてミュウ因子を持つキース・アニアンを作ったのだと考えています。

地球へ…の作者の竹宮恵子さんが、どの時点でそう設定したのかは分かりませんが、キースがミュウだということを示唆する事実はたくさんあります。

まず、キースは他の人間のようにはミュウの精神攻撃を受け難かったこと。マツカもミュウだったので、やはり精神攻撃の影響を受けませんでした。

キースに14歳以前の記憶がないことだけでは、E-1077でたった一人だけジョミーのメッセージに影響を受けなかったことは説明できません。

やはり純粋な旧人類ではなかったからだろうと思います。

成人後の全人類にESPチェックを施行することになった時、グランドマザーに「私は陰性です」と報告したキースは、「もちろん陽性のはずはありません。あなたは特別だから」と言われています。

ジョミーが覚醒前に、度重なるESPチェックをかいくぐってきたことを考えると、キースはミュウの遺伝子を持ち、なおかつ非常に強い能力を持っていたのではと推測されます。

また終盤に来ると、マツカと長い間行動を共にしていたため覚醒したものか、ますます特殊な能力を発揮するようになり、他人の心の中が分かってしまうようになっています。

会議で地球代表の弱気を察知してしまうという描写も、無意識の内に他人の意識を読んでいることを伺わせます。

ジョミーを連れてグランドマザーの元を訪れる場面でのキースの独白で、「包みこむような優しさ まだ幼い少年のしなやかな感情-思慕のような…」とあるのは、ジョミーの意識を読んでいる描写としか思えません。

ジョミーの希望、哀しみ、涙をキースが感じ取ることができたのは、やはりジョミーの心をテレパシーで感じたからでしょう。

キースもまた自分の置かれた立場で、人類のより良い未来のため、必死に道を模索し、精一杯生きています。

地球へ…で描かれる世界では、人間、ミュウともに本当の母親の愛を知らず、そのため母なる地球を求めて止まないというのが、物語の重要な鍵になっています。

グランドマザーの合成した遺伝子により作られたキースもやはり、母なるグランドマザーに逆らうことはできず、SD体制への深い疑問を心に宿しつつも、SD体制護持のために全てを投げ打っています。

母といえば、フィシスが遺伝上の母に相当すると知って、キースはフィシスに思慕にも似た感情を抱いています。

地球へ…を初めて読んだ頃には、キースを体制に翻弄され飲み込まれてしまった気の毒な人物と考えていました。

キースは理性的で、なおかつサムを生涯友人として大切に思い、わざわざサムの事故の謎を解くために単独ナスカの調査に向かい、サムの血で作ったピアスを常に身に付け、多忙な中サムの見舞いを欠かさない義理堅い人物です。

また、厳しくミュウ弾圧を行ったのも、親友のサムをあのような状態にしてしまったミュウを許せなかったからでしょう。

キースがもしミュウとして生きていたら、きっとジョミーの良き理解者、協力者になったでしょうが、人種や体制や思想の違いから、理解し合えるはずの二人が対立し、最後には一方が他方を殺してしまう…

でもそればかりではなく、グランドマザーに逆らえなかったキースは、ひたすら母なるもの、ひいては自分のルーツや存在意義を求める人間の悲哀を現していたのだと、今は思っています。

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11/19/2007

地球へ…の世界観

地球へ…の原作は、東西冷戦時代の真っ只中で描かれました。
ちょうど映画の世界では、ジェームズ・ボンドがソ連のスパイをやっつけていた頃でしょうか(^_^;)

地球へ…の主人公の名前、ジョミー・マーキス・シンのファーストネームは、アメリカのSF作家ヴァン・ヴォークトの名作「スラン」の主人公の名前、ジョン・トマス・クロスから取られたそうです。ジョン・トマス、英語の原則に従うと、愛称はジョミーですね。

そしてミドルネームとラストネームは「ごろ」で決めたと、作者の竹宮恵子さんはおっしゃってました。

でも私は、実はジョミーのミドルネームの「マーキス」というのは、マルキシズム→共産主義独裁国家を暗示していたのでは?と思っていました。

地球へ…で描かれるスペリオルドミナント(SD体制)は完全なコンピューター管理社会で、当初は人類自らの判断で導入されたのに、長い年月の内に徐々にコンピューターの支配力が増し、人間を支配下に置くようになり、人間性は失われ、意思と感情を喪失したコンピューターに従順な人間たちが粛々と暮らす、不気味な社会です。

現実の世の中の多くの独裁者たちも、最初は民衆によって選ばれ歓迎され、世の中を良くしてくれるかもと言う期待をかけられていた人が多いのです。

でも一度権力を手にしてしまうと、やはり堕落し、それを濫用してしまうのが人の常…ほとんどの独裁者たちは民衆の期待を裏切り、暴走し、破滅しました。

地球へ…のスペリオルドミネーションは、現実のそういう国家の姿を戯画化して描いたものではと思っています。

人間ならいつかはその生命が終わる時が来ますが、マザーコンピューターには寿命がなく不滅のようなので、人間の独裁者より更に恐ろしいです。

支配され、監視され、統制され、偏った情報しか手に入らず、反逆者は即「処分」と言う社会では、人間性を保つのは難しいと思います。

何も共産主義独裁国家でなくとも、今の日本だって、国民は監視され、統制され、情報を操作され、権力者の好いように踊らされて支配され、しかもそのことにほとんどの人が気付いていません。

社会全体が異常なら、それが異常だということに気が付くことはおろか、疑問を持ったりすることも難しいですよね。

地球へ…で描かれた世界に、今の地球環境が近付いて来たという人がいましたが、実は地球へ…の世界に近付いているのは、今の社会情勢ではないでしょうか。

地球へ…にこめられた数あるメッセージのうちのひとつは、人間の正しい知識と判断と意思とを、システムに奪われてはならないということだと思います。

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