キース・アニアン

地球へ…の世界観

地球へ…の原作は、東西冷戦時代の真っ只中で描かれました。
ちょうど映画の世界では、ジェームズ・ボンドがソ連のスパイをやっつけていた頃でしょうか(^_^;)

地球へ…の主人公の名前、ジョミー・マーキス・シンのファーストネームは、アメリカのSF作家ヴァン・ヴォークトの名作「スラン」の主人公の名前、ジョン・トマス・クロスから取られたそうです。ジョン・トマス、英語の原則に従うと、愛称はジョミーですね。

そしてミドルネームとラストネームは「ごろ」で決めたと、作者の竹宮恵子さんはおっしゃってました。

でも私は、実はジョミーのミドルネームの「マーキス」というのは、マルキシズム→共産主義独裁国家を暗示していたのでは?と思っていました。

地球へ…で描かれるスペリオルドミナント(SD体制)は完全なコンピューター管理社会で、当初は人類自らの判断で導入されたのに、長い年月の内に徐々にコンピューターの支配力が増し、人間を支配下に置くようになり、人間性は失われ、意思と感情を喪失したコンピューターに従順な人間たちが粛々と暮らす、不気味な社会です。

現実の世の中の多くの独裁者たちも、最初は民衆によって選ばれ歓迎され、世の中を良くしてくれるかもと言う期待をかけられていた人が多いのです。

でも一度権力を手にしてしまうと、やはり堕落し、それを濫用してしまうのが人の常…ほとんどの独裁者たちは民衆の期待を裏切り、暴走し、破滅しました。

地球へ…のスペリオルドミネーションは、現実のそういう国家の姿を戯画化して描いたものではと思っています。

人間ならいつかはその生命が終わる時が来ますが、マザーコンピューターには寿命がなく不滅のようなので、人間の独裁者より更に恐ろしいです。

支配され、監視され、統制され、偏った情報しか手に入らず、反逆者は即「処分」と言う社会では、人間性を保つのは難しいと思います。

何も共産主義独裁国家でなくとも、今の日本だって、国民は監視され、統制され、情報を操作され、権力者の好いように踊らされて支配され、しかもそのことにほとんどの人が気付いていません。

社会全体が異常なら、それが異常だということに気が付くことはおろか、疑問を持ったりすることも難しいですよね。

地球へ…で描かれた世界に、今の地球環境が近付いて来たという人がいましたが、実は地球へ…の世界に近付いているのは、今の社会情勢ではないでしょうか。

地球へ…にこめられた数あるメッセージのうちのひとつは、人間の正しい知識と判断と意思とを、システムに奪われてはならないということだと思います。