地球のコンピューターシステムの中枢、グランドマザーは、本来の意味は「おばあさん」ですが、作中では「大いなる母」、「威厳のある母」、「マザーコンピューターシステムの中心的存在」という意味で名付けられたのでしょう。
ジョミーがトォニィに「グランパ」と呼ばれていたのは、このグランドマザーと対等にわたり合える存在であることを示唆しているのだと思います。
旧人類のシステムの要、グランドマザーと対を成す、ミュウの要、人間らしさの象徴がジョミーであるということですね。
トォニィは子供の頃、自分の両親の生みの親がジョミーだと教えられ、ジョミーを「グランパ」と呼んだ訳ですが、そこには竹宮恵子さんのこのような意図が込められていたのでしょう。
地球へ…の第一部では、テラズナンバー5の作り出す強力なテレパシーに対抗できるほどのエネルギーを持ったテレパシーを送る能力を持つのは、ソルジャー・ブルー以外にないとされていました。
その上位に位置するグランドマザーは、更に強力な力を持っていたに違いありません。ソルジャー・ブルーは、自分にはグランドマザーに匹敵するほどの力はないと判断し、長い長い間、自分を凌ぐ力を持つ後継者を探し続け、待ち続けたのでしょう。
対話するにせよ対決するにせよ、グランドマザーとの力の差が大きすぎると、歯牙にもかけられないでしょうからね。
そして現れたジョミーに、ミュウと人類との未来は託されました。
竹宮恵子さんは、グランドマザーの対極に位置し、人間の尊厳をかけてグランドマザーと対決するジョミーに「グランパ」という呼び名を与えたのだと考えています。
それにしても私立シャングリラ学園のトォニィは可笑しかった(^_^)
グランパは英語で「偉い人」っていう意味だと勘違いしていてキースに指摘され逆切れ(^_^;)
本編同様の圧倒的破壊力で暴走しまくっていました。
TVアニメの地球へ…は、どうしてこんなにもパロディの方が面白いのでしょうか…
地球へ…がTVアニメになってから、ミュウが超能力者であることをうらやましいと考える人が多いと知って驚きました。
人より優れた点があるということは、かえって不幸なことなのですよ…
例えば旧人類はミュウを、自分たちより進化した、より優れた存在と判断したため、恐れ弾圧したのであって、旧人類にはないその能力こそがミュウたちの不幸そのものなのですから…
それを単純に超能力があってうらやましいと思うのは、想像力に欠けるのではないでしょうか?人にない能力を持っていると言うことは、それだけで一つ十字架を背負っているようなものなのに…
地球へ…に限らず、人間の作り出す物語の登場人物は、ほとんどの場合作者の分身だと思うのですが、竹宮恵子さんの分身であるソルジャー・ブルー、ジョミー、シロエ、キース、その他の登場人物たちは、みんな他の人の持たない能力を持ち、他の人の気付かないことに気付いてしまい、他の人の思いもよらないような深い苦悩を抱えて生きています。
その姿はそのまま、人より優れているが故にかえって人より生きることが困難だった竹宮恵子さんの姿を反映しているのだと思います。
キース・アニアンはナスカを殲滅する時に「人間には人間以上は要らない」と言っています。キース自身が実は人間以上だったのですが、キースはSD体制を守るためにシステム自身によって作り出された存在だったので特殊な例外として、「世界の秩序」を守るためには、優れたものは往々にして邪魔者になるのですよね。
ジョミーが言ったように「マザーにあやされ育てられた意思のない、目も耳も口もふさがれながらそれを知らない」人間ばかりなら、支配しやすいのですから…
人より優れた能力を持っている存在がうらやましいと思っても、それと表裏一体の苦悩を想像すると、自分はそうでなくて良かったと思えるはずです。
あっという間に2008年となりました。今年もどうぞよろしくお願い致します\(^o^)/
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地球へ…の連載が始まった1977年には、スターウォーズが公開されているのですよね(^_^)
地球へ…の第一部が終了した後にスターウォーズが公開されたので、第二部から一層スケールが大きく、宇宙全体を舞台として物語が展開し始めるのは、やはりスターウォーズの影響があったものでしょう。
第二部が連載されている頃にはすでにスターウォーズが話題になっていたと見え、第二部の総集編に収録されている「まんまりの日々 またのタイトル”テラ”のできるまで」の中に、「理力」と言う言葉が出て来ます。
そういえば、スターウォーズ新三部作が公開されるまで、「フォース」は「理力」と訳されていたなあと懐かしくなりました。
竹宮恵子さんが「理力」を口にするのは、アシスタントさんにコンピューターパネルの碁盤目を所々黒く塗るよう指示するところです。
セキ・レイ・シロエが、キース・アニアンの出生の秘密を探るため、E-1077のデータバンクを管理する技師さんに近付き、情報を引き出してもらうよう頼む場面でした。
この場面、巨大なコンピュータールーム一杯にパネルが並び、それを部屋の中央のずっと下の方から見上げるように描いてあります。
真ん中にちっちゃな宇宙船に棒のようなスタンド(?)の付いたものがあり、これが実際にコンピューターを操作する道具のようでした。
今のコンピューターの概念とは随分違いますが、これはこれで、当時の未来感が何となく分かり、レトロながらも面白いと思います。
このページ、シロエの「マザー・イライザ!お前の最愛のトップエリートを…お前の手でぶちこわさせてやる!」という独白も加わって、とても印象的なページでした。
でも、これを描くのに二人のアシスタントさんが3時間もかけたとは、漫画とは本当に手のかかるものなのですね…
筆を使うとはみ出してだめよぉ!とか騒ぎながら四苦八苦しているアシスタントさんたちに、竹宮恵子さんは涼しい顔で「理力をお使いなさい」と言うのです(^_^;)
この頃竹宮恵子さんとアシスタントさんたちの間で、スターウォーズがちょっとしたブームだったのでしょう。
今発売されているコミックスだと、こんなことは知る由もないので、マンガ少年別冊版が手に入ってご満悦の私でした。
キース・アニアンとサム・ヒューストンは、なぜあんなにも気が合ったのでしょうか?
二人はかなり対照的に描かれています。
サムは素直ですぐ感情を表に出してしまう気の良い人で、システムに対する疑問を持たず、うまく洗脳されてしまっています。また、曲がりなりにもエリートコースには来たけれど、どうもエリートの中では落ちこぼれのようです。
キースは内面的には非常に感情的で、システムに対する疑問も持っているのですが、それを表に出すことの無い、抑制の効いた性格です。また、エリートコースの学生の中でも特に優秀で、教授たちにも「彼はあまりにも完璧だ。まるでマザーイライザの申し子のように」と評されています。
今TVアニメを再放送しているので、ついついそれを見てしまうのですが、キースが宇宙の藻屑になりそうな所をサムが助けたとか、何かドラマチックなことがあって一気に友情が芽生えたと言う設定は、あまりにもお手軽すぎですね。
お互いを受け入れられるかどうかが、友人関係においては重要なのではないでしょうか。
TVアニメのサムは、あんなドラマティックな友情の始まりを経験していながら、キースに「お前は俺たちとは違うんだよ」などと、随分ひどいことを言い放っています。
何となく自分は他の人とは違うような気がしているところへ、一番の親友だと思っていた相手からそんな言葉を投げつけられたら、私なら百年の恋(あっ友情か…)も一気に醒めますね…
キースとサムとの友情は、サムがキースを特別視しなかったから成り立ったし、その後も続いたのだと思っています。
人間は、異質なものを恐れ、排除しようとする…
キースはその完璧さから、人から羨まれ、時には妬まれたり恐れられたりしたに違いありません。
サムは、キースの感情的なところ、人間的なところも知っていて、特別視したり妬んだり恐れたりはしなかったので、キースはサムに心を許していたのでしょう。
TVアニメを作った人たちには、キースの孤高の魂が理解できなかったのでしょうね…人より優れているということが、時には辛いことであると言うことも、分からないのかも…
そう言えば、再放送を見ていて初めて気付いたのですが、毎回脚本を書いている人が違うなんてびっくりしました(@_@)
Wikipediaで調べてみると、アニメではそれ程珍しいことではないようですね。人間の俳優さんが演じるドラマだったら、普通はありえないと思うのですが…
TVアニメでの登場人物像のあいまいさも、ストーリーのちぐはぐさも、脚本を書く人が毎回変わることと少なからず関係するのでは?
世界に冠たるアニメ文化を誇る日本なのに、こんな粗製濫造をしていないで、きちんとした作品を少し作るのでは商業ベースに乗らないのでしょうか?
地球へ…の主要な登場人物たちは、みな異端児です。
セキ・レイ・シロエはエリート候補生でありながら、非人間的なSD体制を断固拒否し、自分の人間としての尊厳を保つためには死をも辞さない強い意思を持っています。
ジョミー・マーキス・シンは、成人検査までの14年間を過ごしたアタラクシアで、自分の住む世界や、他の人間に対する違和感や疑問を抱きながら、体制からはみ出した、感情過多な問題児として育ちました。そして、他のミュウとは比較にならない位の強力な超能力を持っています。
ソルジャー・ブルーは、ミュウと言う新人類が人間に認識された最初の存在で、やはり非常に強い能力を持ち、明らかに他者とは異質な存在です。
キース・アニアンは、マザーコンピューターのプログラムの一環としてSD体制護持のために作られた、いわば人造人間で、人間ともミュウとも異質な存在です。なおかつ人類の指導者となる宿命を負いながらも、他の誰もが信じて疑わないSD体制に対する深い疑問を常に持ちつつ生きています。
これほどまでに異端児ぞろいの登場人物…
思うに、作者の竹宮恵子さん自身が異端児だったことが、この物語を作る原動力になったのではないでしょうか。
登場人物の一人一人が、きっと竹宮恵子さんの分身なのでしょう。
高校時代から漫画を描き雑誌に投稿し、大学を中退してまでプロを目指し、20代で地球へ…のような漫画を作ってしまう、行動力と圧倒的な能力を持っていた竹宮恵子さん…
子供の頃からSF漫画が好きだったそうで、女の子としては少し変わった子だったのでしょうし、また何事も鵜呑みにせず流されず、色々なことを批判的に考える大人びた子だったのではとも思います。
必然的に、子供の頃は他の子たちからは多少浮いた存在だったのでは…
でも結局世の中を変えて行くのは、お上から押し付けられることに疑問を持ち、自分の力で考え、行動していく人たち、つまりは異端児たちなのですよね。
シロエはその生命と引き換えに、キースに決定的なSD体制への疑問、また人間とは何かと言う疑問を植えつけました。
ブルーとジョミーはミュウのリーダーとして最終的にはSD体制を打破し、遠い未来には人間もミュウもない世界を実現しました。
そしてキースは、コンピューターの支配から人間を解放しました。
ここまで劇的でなくても、流され何となく生きているだけでは、何も変えることはできません。
地球へ…は、人として生まれたからには意味のある生き方をしたいという、竹宮恵子さんの想いが込められた物語だと思っています。
地球へ…の世界は完全な管理社会であると同時に、階級社会でもあるようです。
セキ・レイ・シロエは技術者階級の第3階級出身だったので、機械やコンピューターに強かったという設定でした。
成人検査の成績が良かったので、エリートコースに入ったのだと言っていました(それもあるでしょうが、前述したようにマザーコンピューターの計画の一端でもあったのでしょう)。
では第1階級は?
恐らく司法や行政などに携わり、マザーコンピューターの勅命に従って世の中の仕組みを実際に動かす人たちを言うのではと思います。
では現代の感覚で考えると、第2階級は軍人でしょうか?
キース・アニアンはエリート育成機関の教育ステーションE-1077で作られ、エリート候補生として教育され、卒業前にメンバーズエリートに選ばれたにもかかわらず、軍人になっていますね。
エリートはマザーコンピューターの判断により、適性に従い第1階級と第2階級とに分けられているのでしょうか。
キースは後に政治家となり、最終的には国家元首にまでなっていますが、確かにキースには政治家などより軍人の方が似合います。冷静沈着にして勇猛果敢、そして冷徹無比な破壊兵器ですからね。
その辺りをTVアニメではうまく描写できず、単なる野蛮で残忍な人物になってしまっていたのが残念でしたが(T_T)
それにしても出生前から大体の能力が分かってしまうとは、究極の出生前診断ですね。
生まれる前に、既に適正や職業をコンピューターによって判断され、振り分けられるなんて、何と希望のない社会なのでしょうか…
この辺りも、与えられ決められた自分の運命に疑問も持たず、敷かれたレールの上を漫然と走る、無気力な人間ばかりとなってしまった現代社会を風刺しているように思えます。
地球へ…のTVアニメのキャストは、ジョミー役の斎賀みつきさんも、シロエ役の井上麻里奈さんも、容姿端麗な女性なのに声は少年としか思えなかったので、マツカの声を聞いた時には、高城元気さんを女性と信じて疑いませんでした。
元気なんて、女性としては変わった名前だなあと思っていました。
まさか男性だったとは(@_@)本当に驚きました。しかも10代の少年かと思いきや、20代後半の男性だなんて…
地球へ…の打ち上げの時に店員さんに女性と間違えられる程、容姿も可愛らしいと知り、そんな男性もいるのかと思ったものです。
高城さんの声も大変はまり役で、マツカの健気で儚げな感じを良く表現なさっていたと思います。あまりに可愛い声なので、キースとマツカの関係が、原作にはなかったような擬似恋愛関係のように感じられたのではないでしょうか。
高城さんは原作が完結した後に生まれ、原作も読んだことがなく、周りの人達の方が地球へ…を良く知っていたので、マツカを演じることがプレッシャーだったとおっしゃっていましたね。
マツカ役に決まった時には本人よりもお母さんの方が大喜びだったとか。
Premium Fan Discを聴いて思うのは、他の声優さんに関してもそうですが、高城さんも年齢より随分と大人だなあと言う事です。
地球へ…に関して、またマツカとキースの関係に関して考察し、マツカを演じるに当たって何を考えていたかを話す高城さんには、同年代の日本の俳優さんにはなかなか見られないような深い人間性と知性を感じました。
子安武人さんは40歳だそうですが、TVアニメでキースが登場した回の声は、ちゃんと14歳に聴こえるから不思議ですね。後半に来るとちゃんと年相応に渋く、人生の疲れもにじませていましたし。
声優さんってすごいと思います。顔を出さないから、幅広く色々な役をこなせるのでしょうね。
Premium Fan Discの中で井上麻里奈さんがキースのことを「そういう純真無垢なキャラが人気出るからむかつくんですよー」と言ったのに対して、「そういうこと気にし過ぎだよ。俺なんか20年以上悪役ばっかだから全然気になんないもん」と答えてました。
確かにあのクールな声なら、キザで二枚目な悪役が似合うかも。
地球へ…には絶対的な正義とか悪とかいう概念は存在しないのですが、何故かキースを悪役と考えている人もいるようですね(^_^;)
そういう位置付けじゃないと思うんですけど…
ミュウの視点に立てば、ミュウを弾圧する地球側のエリートであるキースは悪役なのでしょうが、キースにはキースの立場があり、逆らえぬ運命があり、苦悩の中で彼なりに最善を尽くしてるんですから、色々大変なんですよぉ。
子安さんにとってはキースはずっとやってみたかった役で、大切な役だったとおっしゃってましたが、Premium Fan Discでの壊れっぷりは余りにも豪快でしたね。
ひょっとしたら私立シャングリラ学園のキースの方が、子安さんの素なのかもと思いました。相当壊れてましたが、面白かったです。
女風呂を覗く方法を探せと命令されて、何故か関西弁みたいになっちゃうマザー2号…爆笑しました。
マツカがミュウであったにも関わらず成人検査をパスしてしまったことも、教育ステーションを何とか卒業できたことも、辺境に配属されてキースと出会ったことも、恐らくグランドマザーのプログラム通りだったのでしょう。
ミュウのことを知り、対処法を模索し、なおかつキース自身がミュウとして覚醒するためには、マツカというミュウの存在を利用することが必要だと、グランドマザーは考えたに違いありません。
キースが教育ステーション時代にマザーイライザの計画通りにシロエと出会い、シロエを自らの手で死に至らしめたことを考えると、グランドマザーにはその位のことはたやすいことだと思います。
マツカは、キースにとってどういう存在だったのでしょう?
キースはある程度マツカに心を許し、それなりに信頼を寄せているとは思うのですが、一方で「道具のように」扱い、容赦ない言葉を浴びせたり、気に食わないことがあればいじめてみたりと、かなりマツカがかわいそうです。
キースが唯一心を許した友人のサムは、ミュウの(正確にはジョミーの)精神攻撃を受けて幼児退行してしまい、昇進すればする程周りには敵が多くなり、キースはどんどん孤独になって行きました。
キースが本音で接することのできる相手と言えば、マツカしかいなかったのでしょう。外では虚勢を張っている駄目な男が彼女に甘えるような感じなのでしょうか…
マツカはマツカで、自分の正体を知りながら生かしておくキースという人物に恩義を感じ、興味を抱きつつも、一方では恐れています。
マツカがキースの命と引き換えにその生涯を終える直前、キースの優しさを感じ取り、「彼に付いて来て良かったのだ…満足だ…」と涙する場面、その優しさはマツカに向けられたものではなかっただけに、キースのために命を賭けたマツカの心に、切ないものを感じたものでした。
マツカもまたコンピューターに運命を操作され翻弄され、死んでしまって初めてキースに心から受け入れられた、本当に気の毒な人物でした。
シロエとキースとは、正反対なようで実は似ていたのではと思います。
シロエはキースのことを誤解しており、最後まで「感情のないやつ」、「疑いもなくイライザに同調する」と言っていますが、実はキースはかなり感情的であり、かつ体制に疑問を持ちながらも、それを決して表に出さないだけなのです。
新入生ガイダンスで何度も見ているはずの成人検査のくだりを正視できず思わず外に出てしまうキース、サムの諦めの混じった優しさにイライラするキース、イライザに「全てはあなたの指導者としての素質を理想的に開花させるために計算された告知」と言われて憤りを感じるキース、いつもキースは他の人間よりもずっと感情的です。
恐らくは成人検査によって記憶や感情の操作をされていないため、他の人間よりもずっと人間的だったのがキースなのではないでしょうか。
そんなキースには、あくまでも人間らしくありたいというシロエの切実な願いが理解できたのではないかと思います。
だからこそ、自らの手でシロエを撃墜した後に、涙を流したのでしょう。
逆に、シロエにはキースが全く理解できなかったのだと思います。シロエは、キースが感情に乏しく、体制に疑問や不満を持っていないと考えて、うらやましかったに違いありません。
人は自分に無いものを他人が持っている(あるいは自分の持っているものを他人が持っていない)と、羨むものですから…例えそれが誤解であったとしても。
それにしてもシロエが技術者を養成するエネルゲイア出身でありながら、キースと同じエリートコースへ進んだことも、キースに影響を与えたことも、キースの手で「処分」されたことも、全てコンピューターのプログラム通りだったという設定は、何だか空恐ろしく感じました。
運命と言う、本来は人間の力の及ばないはずの領域にまで、自らの作り出したシステムが関与し操作している…
SD体制下の人間たちは、そのことに気付いてもいないことが、悲しくもあり恐ろしくもあります。